逃げるように転職、また同じことの繰り返し。
この当時、何度転職したのか、もう覚えていません。
心とからだのバランス
私の気持ちはハッキリしていました。
「母として、もう一度、生活を立て直したい」
「男性並みに稼がなければ!」
とにかく、お金が必要だったのです。
その思いだけで、男性ばかりが働く小さな溶接工場へ転職しました。
ところが、そこで待っていたのは……
社長と専務と工場長

従業員は30名ほどの、こぢんまりとした工場でした。
社長は物静かで優しい人柄。
私が母子家庭だと知ると、お給料の面でも気を配ってくれました。
少し気の弱そうなところもあり、いつもタバコを手放さない人でした。
現場で働く従業員の中に、専務もいました。
社長の弟で、ジャズバンドを趣味にする明るく健康的な人。
社長とは対照的な印象を受けました。
工場長は、真面目を絵に描いたような人物。
誠実で穏やかで、取引先からも従業員からも信頼されていました。
いい人たちに囲まれ、慣れない仕事にも少しずつ順応していき、
借金もなんとか返していけるような気持ちになりました。
「このまま働き続ければ、きっと返せる」
そんな希望を抱き始めていた頃のことでした。
夜の街とは決別したはずなのに

仕事にも慣れたある日、専務が言いました。
「街中でジャズフェスがあるんだけど、聴きに来ない? 俺、ベース弾いてるんだ」
ジャズには詳しくないけれど、生演奏は好き。
買い物ついでに、ふらりと聴きに行きました。
専務は驚いたような表情で、「本当に来てくれたんだね!」
頬を赤らめて喜んでくれました。
それをきっかけに、飲み会へも誘われるようになっていきます。
「上司だし、1回ぐらいならいいかな」
そんな軽い気持ちから始まった関係でした。
でも、それが不倫の始まりでした。
1号は無理だけど、2号なら

私は30代後半。
まだまだ女性としての感情が生きていた頃です。
少し年上の専務は、私に夢中のようでした。
奥様はかなり年上で、夜の関係も長く途絶えていると聞きました。
次第に、彼は私をジャズ仲間にも堂々と紹介するようになっていきました。
「奥さんと別れるつもりなの?」と尋ねた私に、彼は言いました。
「妻への愛情はもうない。
でも娘が可愛いから別れられないよ。
好きなのは君だけだ。
2号さんなら大丈夫。
君にも家を用意してあげないとね」と、笑いながら言ったのです。
そんな言葉に、私は愛しさと同時に、怒りのような感情も抱くようになっていきました。
私のことを軽く見ている、都合よく扱われている──そんな思いが胸の奥に芽生えていったのです。

ある日、私は彼の車に、わざと片方の真珠のピアスを落としました。
そう、あのユーミンの歌のように。
いま思えば、幼稚で後味の悪いことをしたと思います。
奥様に問い詰められたようですが、彼女は大人の女性でした。
騒ぐことなく、冷静に彼をたしなめたと聞きました。
勝ち目がないことは、私も分かっていました。
でも、“2号”と言われたあの言葉だけは、どうしても許せなかったのです。
親睦会での、あの一瞬がきっかけで

親睦会でのことです。
工場長は従業員一人ひとりに丁寧にお酌をして回り、私のところにも来てくれました。
普段はあまり会話をしたこともなかったのですが、
工場長が母子家庭で育ったことを知り、どこか親近感を覚えました。
年齢も1歳しか違わない。
未婚で女性にも奥手な様子がにじみ出ていました。
お酒が進むうちに、気づかぬうちに私は彼の膝にそっと手を置いたのだそうです。
私はまったく覚えていませんでしたが、後になって彼からその話を聞きました。

帰り際に、工場長が「連絡先を交換しよう」と声をかけてくれました。
戸惑いつつも応じました。
横目で専務を見ましたが、気にする様子もありませんでした。
ある日の事、工場長から「寿司でもどう?」とお誘いを受けました。
専務に対して後ろめたさもありましたが、
私は独身、「お互い様よね」と心の中でつぶやいていました。
その後、工場長から正式に交際を申し込まれ、私はうなずきました。
──この時点で、私は二人の男性と関係を持つことになったのです。
専務とのことが工場長に知られたら、きっと軽蔑される。
「とんでもない女」だと思われる──
心の奥に、罪悪感が積もっていきました。
心は工場長に、でも体は専務を

工場長は本当に誠実でやさしい人でした。
デートの帰りには、いつも私の子どもたちにお菓子を買ってくれるような人。
「この人を裏切ったら、罰が当たる」
そう思いながらも、体は専務を求めてしまうのです。
工場長との“そういう関係”には、どこかぎこちなさがありました…。
Wデートの鉢合わせ

二股交際が半年以上つづいたでしょうか。
次第に私は専務との距離を置くようになったのです。
そんな時たまたま行ったお蕎麦屋さんで、専務と奥様の姿を見かけました。
私は工場長とデート中。
お互いぎこちない挨拶を交わし店を出ました。
その夜、専務からの電話。
「工場長とつき合ってるの?
「あいつは家族の事で苦労したらしいよ。付き合っても良いことないからやめとけよ」
その時私はやっと決心がつきました。
「専務とはもうお終いにする。ごめんなさい。」
後日、専務から「もう一度会ってほしい」と言われ話し合いました。
「私プロポーズされたの。あの人と結婚しようと思ってる。」
本当はプロポーズなんかされていません。
私の精一杯、女の意地でした。
うつむいたままの専務が一言。
「そうか…
俺は結婚はしてあげられないから、何も言えないよ」
こうして専務とはお別れしました。
彼は辛そうに泣いていましたが、あの涙の意味はなんだったのでしょう。
思いがけないプロポーズ

その後、工場長と何度かデートを重ね、プロポーズされました。
彼は初婚、私はバツイチで2人の子持ち。
予想通り、彼の母親が猛反対しました。
けれども彼の気持ちは本物でした。
堂々と母親の前で宣言し、母親の言い分に耳を貸しませんでした。
こうして私は、工場長との結婚を果たしたのです。
子供たちの反応はいたって冷静

小さかった子供たちも、いつの間にか大人の入り口に。
息子は高1で中退し、社会人となり、娘は高校1年生になっていました。
「お母さんが結婚したいなら好きにすれば。
だけど俺たちのお父さんは、お父さんだけだから!」
……
「あのおじさんは、良い人だと思う。
でも、お父さんとは絶対に呼ばないからな」
一抹の不安を感じながら、10回目の引っ越し。
第二の結婚生活が始まりました。
新しい住まいは、閑静な住宅地、3LDKの築浅マンションでした。
【次回予告】
静かに、順調に始まったかのように見えた再婚でしたが、幸せはそう長くは続きません。
借金がある事を内緒にしていた事、子供たちの思いは?生活に陰りが見えはじめました。
今日の縁側便り

あの日、私は真珠のピアスをひとつ、そっと車に落としました。
気づいてほしかったのか、それとも気づかせたかったのか──
いま思えば、あの時の私は、恋に酔いながらも、自分の誇りを守ろうとしていたのかもしれません。

人生には、いろんな“寄り道”があります。
ちょっと遠回りしたなと思う日も
足元ばかり見ていた日も、
どれも振り返れば、
自分なりに精一杯だったんだなって。
あの頃の自分に、そっと声をかけたくなります。
縁側に座って、冷たい麦茶をひと口。
ふと、あの頃の夕焼けや、胸のざわめきを思い出しながら。
過去の私にも、今の私にも、小さな「ありがとう」を。
明日もきっと、大丈夫。
「ばぁばちゃんの台所カフェ」にお立ち寄りくださってありがとうございます。
今日もここで、ひと息ついていきませんか。
このブログが、あなたにとっても心の温まる居場所になれば嬉しいです。
また縁側でお待ちしていますね。

おかえりなさい。