久しぶりの訪問に胸がざわついて
今日、2年ぶりに伯母が入所しているグループホームへ面会に行ってきました。
その道中、胸の奥が少しざわざわして、
「どういう姿になっているかな…」と、自然と覚悟を固めている自分がいました。
思いのほか元気な伯母に安堵して

施設に入ると、伯母は思っていた以上に元気で。
シルバーカーを使っての歩行でしたが
私の予想や不安をやわらかくほどいてくれました。
多少の認知の衰えはあるものの、母のこともすぐに分かり、
そして父──伯母にとっては兄──が亡くなったことも、
きちんと理解して受け止めていました。
伯母の所作に重なった父の姿
伯母の横顔を眺めたとき、不思議な気持ちになりました。
輪郭の線、手の形、そっと動く仕草──
そのひとつひとつが、生前の父に驚くほどよく似ていたのです。
父が生きていた頃には、伯母と似ていると感じることはあまりありませんでした。
けれど歳を重ねた今、男女の違いを越えて、
ふいに「家族の面影」というものが浮かび上がってくるのだと知りました。
まるで父がその場にいるような、あたたかな錯覚に胸がじんわりと広がりました。
庭先までの見送りに感じた安心とせつなさ

帰るとき、伯母は庭先まで出て、私たちに手を振って見送ってくれました。
その後ろには、そっと寄り添い見守ってくれる職員さんが二人。
伯母が安心して過ごしていることが伝わり、心から安堵しました。
その一方で、伯母は
「家族に連絡すればすぐに家に帰れる」
そう思っている節もあり、その言葉が胸の奥に小さな寂しさを落としていきました。
帰りたい気持ちと、今の穏やかな暮らし。
そのあいだをゆらりと揺れる伯母の心を思うと、
午後のやわらかな陽だまりに、そっと風が触れたような余韻が残りました。
今日の縁側便り

庭先で手を振る伯母の笑顔に、ふと父の面影が重なりました。
帰りたいという想いも、今の暮らしに安心している気持ちも、どちらも伯母の大切な本音なのでしょう。
時が流れても、家族のぬくもりはどこかでそっと息づいているもの。
夕方の風が、いつもより少しだけやわらかく感じられた帰り道でした。
今日も読んでくださって、ありがとうございます。
ばぁばちゃんは、いつでも縁側でお茶を淹れてお待ちしています。
縁側でお茶を淹れながら、今、私が学んでいること
以前、心にモヤモヤを抱えていた頃に、
空飛ぶ引きこもり小説家である、千聖さんの隠れ家カフェと出会いました。
何度かメールでやり取りをする中で、
千聖さんのあたたかい言葉に、どれだけ救われたことか…。
この出会いに大きな勇気をもらい、最近リアルでもお会いすることができ、大切な思い出が一つ一つ増えています。
今は「好きなことを仕事にする生き方」を未来型*夢の降る道で学んでいます。
まるで大人のための寺子屋みたいな場所。
ここで「山ごもり仙人」と呼ばれる竹川さんや、
私の心をやさしくほぐしてくれた千聖さんに出会うことができました。
よかったら、あなたもこっそり覗いてみてくださいね。


