本当の笑顔を取り戻すために──それぞれの選択
「このままじゃ、だめだ」
「このままだと、私も子どもたちも、壊れてしまう」
そして何より、夫にも申し訳なかった。
あのとき私は、静かな部屋で、冷めたお茶を口にしながら、何度も心の中で同じ言葉を繰り返していました。
前回の記事では、離婚を決意するまでの葛藤を綴っています。
彼が釣りから戻ってくるタイミングを見計らって、私は意を決して話を切り出しました。
彼は驚いた表情を見せたけれど、私の目をじっと見つめたまま、しばらく何も言いませんでした。
あの沈黙はきっと、お互いがもう分かっていたことへの、静かな同意だったのだと思います。
本当の笑顔で生きるために

夫は、「しばらく別居してみないか」と提案してくれました。
でも、私にはその選択肢はありませんでした。
「いい人」と「好きな人」は違う。
そのことを、ようやく受け入れざるを得ませんでした。
私の本当の気持ちは──夫にはとても言えません。
だって、私は不倫相手へのあてつけのように、再婚を選んでしまったのだから。
もし別れを選んだら、また貧しい暮らしに逆戻りしてしまう。
それでも私は、もう一度、親子三人でやり直したかった。
お金の苦労はあっても、笑いあえる日々を取り戻したかった。
そう信じて、私は離婚を決意したのです。
あのときの私にできた、せいいっぱいの「子どもを守る」選択でした。
離婚後の親子の暮らし

離婚を決めたあと、私たち母子の心は少しずつほどけていきました。
元夫は実家に戻り、私たち三人はそのままマンションで暮らし続けることに。
けれど、家賃は月8万円。家計には大きな負担でした。
息子にもお願いして、3万円を家に入れてもらうことにしました。
生活はギリギリで、以前から抱えていた借金もあり、不安は尽きない。
それでも、子どもたちと一緒に過ごす時間は、何より大切でした。
一日一日を手探りで、一緒に乗り越えていくしかない。
でも、後悔はありませんでした。
生活は大変だったけれど、私はようやく「私らしく」生きていると実感できました。
子どもたちの笑顔も、少しずつ戻ってきていました。
いま振り返ってみると──
あのときの選択は、決して「失敗」ではなかったと思えます。
倒れても立ち上がる息子に、母はただ祈る

再婚後、息子の生活はすっかり荒れてしまっていました。
でも離婚を機に、彼は真面目に働くようになりました。
高校は中退していたので、仕事の選択肢も限られていました。
そんな中、遊び仲間の紹介で、鳶職の見習いとして働き始めました。
初日、気合を入れて出かけた息子でしたが──
仕事は想像以上に過酷で、帰宅するなり廊下に倒れ込んで、
そのまま爆睡してしまったのを今でも覚えています。
でも少しずつ慣れていき、
現場で働く先輩たちは、彼にとって憧れの存在になっていったようです。
特注したニッカーボッカの作業服を身にまとい、颯爽と出かけていく姿。
日に焼けた顔と引き締まった体が、とてもまぶしく見えました。
離婚によって、人生の道を大きく変えさせてしまった息子。
それでも何度も転んでは立ち上がる姿に、
母として何ができるのか、ただ祈るような気持ちで見つめていました。
「好きなことは仕事にしない」と笑った娘の選択

娘は高校生活を楽しんでいました。
ファッション関係の専門コースに通い、夜遅くまでミシンの音が鳴り響いていた日々。
無事に卒業し、推薦で企業へ就職。
私はてっきり、ファッション関係の仕事を選ぶものだと思っていたのですが、娘は全く違う職種を選びました。
理由を聞いてみると──
「好きなことは、仕事にしたくないの。趣味で楽しんでいたいの」と、笑顔で答えました。
もしかしたら本当は、もっと専門的な学校に進みたかったのかもしれません。
でも娘は、家計が大変なことをちゃんと分かっていたんだと思います。
高校進学のときも、市の母子貸付金を利用しました。
そのあとの返済も、娘自身が「私が働いて返すよ」と言ってくれたんです。
スタイル画を描くことが好きだった娘。
でも「好きなことは仕事にしない」と決めたのは、誰よりも家の事情に敏感だったからかもしれない。
その優しさに胸が詰まると同時に、母として無力な自分を痛感しました。
【次回予告】
少しずつ落ち着きを取り戻した新しい暮らし。
けれど、子どもたちの人生にもまた、新たな波が押し寄せていました。
ある日突然知らされる、息子の彼女の妊娠。
そして、娘の心をそっと照らす、運命の出会い──。
親として、女として、私が立ち止まるその先に、
またひとつ「選ばなければならないこと」が現れます。
今日の縁側便り

あの頃の私は、ただがむしゃらに「母親」として生きていました。
迷いや不安もたくさんあったけれど、今こうして振り返ってみると──
あの選択があったからこそ、
今の私たちがあるんだと、そう思えるのです。

今日は、風に揺れる風鈴を見ながら、ふと子どもたちの背中を思い出しました。
笑って「いってきます」と出かけていった娘。
ぶっきらぼうに「ただいま」と言ってくれた息子。
当たり前のようで、かけがえのない時間でした。
あの日のご飯が、少しでも心をあたためてくれていたら。
あのときかけた言葉が、少しでも背中を押していたら。
そんなふうに、今日も縁側で、静かに子どもたちの幸せを祈るばぁばちゃんです。

お話を聞いてくださりありがとうございます。
このブログが、あなたにとっても心の温まる居場所になれば嬉しいです。
これからも、季節の移り変わりや、日々の出来事、そして心温まるレシピなどを、ゆっくりと綴っていきたいと思っています。
どうぞ、これからも気軽に遊びに来てくださいな。
ではまた、お茶を淹れてお待ちしています。

おかえりなさい。