豪快なお刺身と、静かな旅立ち
GWが終わり、日常が戻った頃、
妹の嫁ぎ先のお義父さんが旅立ちました。90歳でした。
地元ではお刺身が有名なお店。
私も昔から何度も買いに行っていました。
店に入ると、
「あいよ」
と、威勢のいい声。
それだけで、なんだか安心する店でした。
小柄なのに存在感があって、私は心の中でいつも「タコのはっちゃんみたいだな」(昔見たキャラクターのように)と思っていました。
「赤身1,000円お願いします」
そう頼むと、毎回びっくりするほどサービスしてくれるんです。
どう見ても1,000円じゃない量。
申し訳ないと思いながらも、私はその豪快さが嬉しくて、つい甘えてしまっていました。
豪快なお義父さんの刺身
数年前までは、お義父さん自身が店に立ち、刺身をさばいていました。
市場の仕入れも、
「俺が行く」
そんな気迫のある人でした。
けれど年齢とともに、少しずつ変化が見え始めました。
数年前からは、市場へ行くのも息子さんの役目になっていきました。
味は変わりません。
目利きも、きっと同じ。
でも、お刺身は違いました。
妹の旦那さんの盛り付けは、とてもきれいで上品。
整っていて、美しいんです。
対して、お義父さんの刺身は豪快。
厚くて大きくて、食べ応えがある。
私は正直、お義父さんのお刺身の方が好きでした。
不器用なくらい豪快で、
「食え食え!」って声が聞こえてきそうなお刺身だったから。
息子が背負っていた時間
ここ数カ月、妹の旦那さんは昼間店を切り盛りしながら、夜はお義父さんの介護を続けていました。

GWの凧揚げまつりは、地元にとって大切な行事。
店にとっても一年で一番忙しい時期です。
その忙しさの中でも、店も介護も、どちらも投げ出さなかった。
妹はそんな旦那さんを、ずっと心配していました。
食事を摂ることさえ忘れてしまうほど、気を張っていたからです。
でも妹には、もう一つ難しさがありました。
今は亡くなられていますが、お姑さんとの関係です。
店へ顔を出すことをためらう空気が、ずっとあったそうです。
支えたい。
でも踏み込み過ぎてもいけない。
そんな距離感の中で、妹もまた、静かに家族を支えていたのだと思います。
最後まで気を遣ったお義父さん
そして昨日。
妹の旦那さんがいったん自宅へ戻った、その時でした。
店へ戻った時には、
お義父さんは静かに息を引き取っていたそうです。
「最後を看取れなかった」
「寂しい」
妹の旦那さんは、涙を流していたと聞きました。
でも私は、少し思うんです。
お義父さんは最後まで、“父親”だったんじゃないかと。
そう思うのです。
息子に迷惑をかけたくなかった。
忙しいGWを終えるまでは頑張ろうと思っていた。
そして祭りが終わり、
店も無事乗り切ったことを見届けて、
「もう大丈夫だ」
そう思って、静かに旅立ったのではないでしょうか。
「お疲れさまでした」
明日、お顔を見に伺います。
どんな言葉を掛ければいいのか考えました。
でも結局、私の中に残ったのは、この言葉だけでした。
「お疲れさまでした。ありがとうございました。」
あのお刺身、忘れません。
「あいよ」の声も。
長い間、本当にお疲れさまでした。
そして、たくさんの美味しい時間を、ありがとうございました。
今日の縁側便り
人が亡くなると、
残るのは立派な言葉じゃなく、日常の記憶なんですね。
「あいよ」
もう、その声が聞けないんだと思うと、
胸がいっぱいになります。
お読みいただき、ありがとうございます。
