毎年、ひな祭りが近づくと、
決まって母から責められていた父を思い出します。
こんなやり取りが15年もの間の恒例でした。

お父さんが勝手に捨てちゃったから!

俺じゃあない。そんなことするわけがない!

じゃあ何で無いの?

俺は知らん!なんでもかんでも俺のせいにして。

だってお父さんしか考えられない。

不思議だね~。居心地悪くて出て行ったんじゃあない?
行方不明になったおひな様のことで口論になる両親の間で、
私は苦笑いするしかありませんでした。

私は3人姉妹の長女として育ちました。
それぞれが嫁いだ後も、両親は毎年必ず
お雛さまを飾ってくれていました。
小さな小さな「木目込み雛」で
当時はガラスケースに収まっていたと記憶しています。
子供時代の私たちでも簡単に飾る事ができ、
毎年楽しみな、恒例行事でした。
ところが、この思い出深い「木目込み雛」が
突然!15年前から行方不明になりました・・・
思い当たる場所を、あちこち探してみたのですが
何処を探しても見つけることができず
いつの間にか月日が流れていきました・・・
3年前に父は肺がんで亡くなりました。
亡くなった後も、この時期になると

絶対にお父さんが犯人に決まってる。お父さんが捨てちゃったんだよ。
母はずっと、こう言い続けていました。

先日の事です。
私の嫁いだ娘が3月に遊びに来ると連絡がありました。
母も孫に会えると大喜びです。

久しぶりに、華(娘の名前)ちゃんのおひな様出そうかね?

たまにはいい事言うね!華もきっと喜ぶよ。
珍しく!?意見が一致しました。
娘は遠方に嫁ぎ、会う機会が少ないです。
賃貸暮らしのため、収納スペースが狭く
娘のおひな様は、我が家で預かっていました。
思い立ったが吉日!
早速、娘のおひな様の入った段ボール箱を開けてみました。
すると!

お母さん!嘘でしょ?何でこんなところにおひな様が?
最後に娘のおひな様を出したのは15年前、
成人式を迎えた春でした。
当時、おひな様の片づけをしてくれたのは母。
どうやら私たちのおひな様を、
むすめのおひな様と一緒に
しまい込んでしまったようなんです。

私が!?私しかいないよね・・・
もう二度と会うことはできない・・・
と思っていたおひな様に、
こんな形で、15年ぶりに再会することが出来たんです。
まさか、娘のおひな様の中に、
私たちのおひな様が一緒に入っていたなんて
誰も想像もつきませんでした。
母自身でさえ、自分が入れてしまったことが
信じられない様子でした。
母は驚いたと同時に、
感動のあまり、涙・涙・涙
その後、私の顔を覗き込むように見たんです。
その表情から、母の反省の気持ちが
じんわりと心に響いてきました。
私は冗談半分で、ギロリと母をにらみつけました。
下を向きながら、小走りで仏壇の前に座った母は、
チーンと1回、お鈴を鳴らしました。

お父さん、ごめん。私が犯人だったよ。

ガラスケースは割れてしまい、小物もいくつか無くなっています。
首が抜けてしまっていた子たちもいて
月日の流れを感じました。

傷んだ個所はボンドで修理し、
やっとおひな様を飾ることができました。
15年ぶりに父の疑いが晴れた日に拍手です。
63年前のお雛様は、何とも愛らしいお顔立ちで、
派手さはありませんが、どこか品の良さを感じます。
気のせい?
まん丸顔が、どこか若い頃の母にみえてきました。
このおひな様は、当時22歳だった母と祖母が、
遠い街まで、バスを乗り継ぎ買いに行ってくれたものです。


うちにはひねくれたひな様が二人だね~

はぁ!?ひねくれものはおかあさんでしょ~
父が、もし生きていたら
この事実を知ってどう思ったでしょうか?
父は、認知症になってからも
最後まで「俺じゃあない!」と強く主張していました。
この時の、父の遺影はすごく笑ってるように見えました。

良かったねぇ~お父さんの粘り勝ちだったね!
私も、チーーーーーーンと1回。
お鈴の音色までも、晴れやかです。
祖母から母へ、そして私たち娘へと
受け継がれてきたひな人形を通して、
世代を超えたつながりを感じることができました。
きっと天国で父も、笑ってるかな?
お蔵入りしなかったのは、父の愛が導いた奇跡でしょうか!?
今年の我が家のひな祭り、にぎやかになりそうね。
15年もの間、家族の間で誤解が生まれ
それがひな祭りの度に再生されてしまうという、
切なくも温かい我が家のエピソードです。

コメント