夫との別れを経て、「第8回目の引っ越し」。
そして、私たち親子三人の小さなアパートでの新しい日常が始まりました。
第8回目の引っ越しと子供たちとの新しい暮らし

職場と家との往復が当たり前の毎日。
初めは慌ただしく感じたその日常も、
やがてリズムができ、子供たちも新しい環境に慣れてきました。
そんな中、アルバイトではこの先の生活が不安になり、
思い切って工場の検査員として正社員になる決断をしました。
慣れない仕事に戸惑いながらも、残業や休日出勤にも積極的に応じました。
生活のため、そして子供たちのために
──その思いだけが私の背中を押していました。
カレーライスと豚汁、そして子供たちのまなざし

朝の慌ただしい時間に、出勤前の夕食作りが私の日課になっていました。
「お母さんが帰ってから一緒に食べようよ」
と、子供たちは温めればすぐに食べられるおかずにも手をつけず、
どんなに遅くなっても、黙って私の帰りを待っていてくれたのです。
ささやかな食卓は、毎回カレーライスか豚汁の繰り返し。
ウズラの串フライのトッピングが、時々のごちそうでした。
三人で囲むそのひとときは、
子供たちにとっても、私にとっても
唯一のコミュニケーションの時間だったのです。
その食卓は、忙しない日常の中で唯一、家族の心が繋がる場所でした。
ライブハウスの光と、泣き顔の息子

ある日、職場の同僚に「飲みに行かない?」と誘われました。
迷いながらも、仕事と家の往復ばかりの毎日で、
どこか物足りなさを感じていた私は、
気分転換のつもりでその誘いにのってしまいました。
華やかな夜の町。
ライブハウスでは音楽が鳴り響き、
日頃のストレスを忘れるように踊り、笑いました。
帰る時間を決めていたはずなのに、
楽しさが勝ってしまい、気がつけば帰宅は午前様。
静かに家に帰ると、小学六年生の息子が起きて待っていました。

「お母さん、遅くなるなら、せめて連絡してよ……俺、本当に心配したんだよ」
小さな肩を震わせながら、息子は涙をこらえて私に言いました。
その言葉は、心の奥に深く突き刺さり、しばらく動けなくなるほどでした。
『私、何してるんだろう』──心の中で誰かに問いかけるようでした。
──でも、酔っていた私は、その切実な想いを
真っ直ぐに受け止めることができませんでした。
あの夜の光は、私が忘れかけていた“私自身”を思い出させたのかもしれません。
でもそれと同時に、“母としての私”が少しずつかすんでいくような気がして……
「たまには息抜きだって必要」
そう自分に言い訳をして、その後も何度か夜の街に出てしまったのです。
母であること、女であること──揺れる境界線

夜の町は、思いのほか魅力的でした。
音楽が流れるバー。
ネオンに照らされた人通りの多い道。
少し背伸びしたような会話。
単調な毎日を埋めるように、
家とはまるで別世界の夜の町に、私は次第に心を奪われていきました。
もちろん、頭のどこかにはいつも子供たちのことがありました。
けれど、
「少しくらい自分を甘やかしてもいいじゃない」
そんな気持ちが、自分の中のブレーキをゆっくりと、でも確実に外していきました。
そのうち、「もっとお洒落して出かけたい」という欲が顔を出しました。
少しでも若く見えるように、少しでも華やかに見えるように。
気づけば私は、服やアクセサリーを揃えるために、
ついに借金をしてしまったのです。
借金生活のはじまり
最初は一度だけのつもりでした。
けれど、クレジットカードはいつしか自分の財布のような感覚になり、キャッシングも、限度額いっぱいまでの買い物も、どんどん抵抗がなくなっていきました。
「気づいたら、どうしようもなくなっていた」
そんな言葉では片づけられないほど、
心のどこかで自分を責めながらも、
歯止めのきかない時期が、確かにありました。
「今月乗り切れば、来月返せる」
「このくらいなら、あとからなんとかなる」
そんなふうに思い込んで、ついには借金を重ねるようになったのです。

「どうしてこんなことに…」
ふと我に返ったとき、通帳の残高と明細の桁の違いに、目の前が暗くなりました。
日常のすき間に、夜の世界がするりと入り込みました。
母である自分と、女である自分。
その狭間で揺れながら、気がつけば私は、夜の楽しみを優先するようになっていきました。
今日の縁側便り

夕暮れどき、縁側に腰かけてふと空を見上げると、少しだけ夏の気配が混じっていました。
庭のあじさいが日に日に色を深め、風鈴の音が心地よく耳に残ります。
あの頃、帰りが遅くなった私を
黙って待っていた子どもたちの後ろ姿が、ふと重なります。
あたたかな食卓、さりげない気遣い、何気ない日常の中に、大切なものが確かにあったのに。
なぜ私は、あの静かな幸せから目をそらしてしまったんだろう。
歯止めが利かなくなっていく自分を、どこかで見て見ぬふりをしていたあの頃。
今思えば、もっと違う道もあったのではと、胸の奥がきゅっと痛みます。
今日は、悔いと向き合う夕暮れ。
風の音に耳をすませながら、静かに心を整えています。
【次回予告】
心の隙間にするりと夜の街が入り込み、借金を抱えた私。いくら残業を頑張っても、暮らしは楽ではありませんでした。督促の電話に怯え、心も暮らしも余裕がなかった日々を綴っていきます。
「ばぁばちゃんの台所カフェ」にお立ち寄りくださってありがとうございます。
また縁側でお待ちしていますね。

おかえりなさい。