介護施設の厨房で味わった、小さな喜びと失望。
父との思わぬ衝突。
胸の奥に重たく沈んだもやもやを抱えたまま見上げた西伊豆の海には、
橙色に燃える夕陽が、静かに海面へと沈もうとしていました。
雲間から差し込む光が海に道をつくり、
その眩しさに心の曇りが少しずつほどけていくのを感じたのです。
日常の葛藤も失敗も、
この広い海と大きな夕陽の前では、
ほんの小さな波にすぎないのかもしれない。
そう思うと、
不思議と「まだ歩いていける」という気持ちが芽生えてきました。
この記事では、
失敗や葛藤を抱えながらも前に進む私の姿を、
静かな夕暮れの風景とともに綴ります。
誰かの心の旅路に寄り添う気持ちで、読んでいただけたら嬉しいです。
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介護施設の厨房で見た光と影
愛情を感じない食卓で

退職後、隣町の施設に再び就職しました。
しかし、そこはまったく別の世界でした。
そこでは、野菜のほとんどが冷凍でした。
メニューには、どうしても愛情が感じられません。
新卒の栄養士が考える献立はレパートリーも少なく、
「食べる人の顔が見えていない」と、胸の奥でつぶやいてしまいました。
初日から胸の奥がひんやりして、
「ここは私の居場所ではない」――そう直感してしまったのです。
父との衝突

父の変化
仕事がうまくいかないまま、私は実家で両親と暮らしていました。
幼い頃から陰になり日向になり、愛情を注いでくれた父をとても尊敬していました。
父と一緒に暮らせることは、私にとってささやかな救いでした。
けれど、母との確執は幼少期からのわだかまりとなり、心に影を落とし続けていました。
ある晩、母が旅行で留守にしていた日。
父と二人、晩酌を楽しんでいたのです。
最初は穏やかなひとときでした。
しかし、私の何気ない一言が父の癇に障ったようで、急に声を荒げ始めました。
お酒も入っていたせいで言葉は次第に激しくなり、
思わず私は
「お父さんがこんな人だとは思わなかった」
と口走ってしまいました。
父は、
「もうお前とは一緒に酒は飲まない」
と言い残し、部屋を去ってしまいました。
静まり返った食卓にひとり残り、泣きながら母に電話したことを、今でも覚えています。
よりによって、母は旅行先で楽しんでいる最中でした。
今振り返れば、あの時の私は大人げなかったと反省します。
この頃の父は、些細なことで怒ったり、突然感情が変わることが増えていました。
父の認知症の兆しに気づくのは、その後の出来事でした。
言葉の端々や、ふとしたしぐさに、今までなかった不安や戸惑いを感じるようになったのです。
後になって、それが認知症の始まりだと知ったのです。
居場所をなくして
仕事も家も心地よくなく、日々、自分の居場所を見つけられないまま過ごしていました。
「何をやってもうまくいかない」
「私はついていない」
そんな後ろ向きな言葉ばかりが頭に浮かび、ただ日々が過ぎていきました。
「支えてあげたい」
「でも、自分の人生も大事にしたい」
そう思うたび、心の奥はいつもザワザワと揺れ動いていました。
西伊豆・土肥で見た夕焼けと、思いがけない出会い

ある日、気持ちを落ち着けるように、当てもなく車を走らせました。
気づけば西伊豆・土肥に着いていました。
夕暮れの海辺に立つと、潮風に秋の気配が混じっていました。
沈みゆく夕陽が海を赤く染め、
心に積もったもやもやが少しだけ溶けていくように感じられました。
新しい居場所を探す旅

父への苛立ちと同時に湧く愛情が、私の心を不安定にしていました。
そんな揺れる心を抱えながら、ふと目に止まった温泉旅館に足を向けました。
疲れもあって、思い切って一泊することにしたのです。
部屋の窓からは、夕陽に輝く海が広がり、
波の音とともに、初めて心が少し静まった気がしました。

翌朝、
旅館のお食事処で出会った仲居のお姉さんや、
道すがら挨拶を交わした地元の人たち。
ほんの短い時間でも、温かさや安心感を感じられる瞬間がありました。
「居場所は、近くにあるものだけじゃない」
そう気づいたのです。
それは家族の中かもしれないし、仕事の中かもしれない。
あるいは、ほんの数分だけ訪れる海辺の静けさかもしれません。
私は再び、仕事と家庭の間で揺れながらも、自分の居場所を見つけるために動き出しました。
あの日の思いがけない宿泊が、
後にこの旅館に勤めるきっかけとなるとは、
そのときはまだ知る由もありませんでした。
【次回予告】この西伊豆で過ごした時間が教えてくれた、私なりの「沈む夕陽に教わった、少しずつ歩き出す勇気」を綴ろうと思います。
今日の縁側便り

西伊豆の土肥で見た夕陽が、私の心に小さな光を灯してくれました。
どんなに小さな一歩でも、前に進む勇気をくれる瞬間があります。
「居場所は、探し続けるもの」
「そして、思いがけないところに見つかることもある」
そんな気持ちを、今日の縁側からあなたにお届けします。

8月も半ばを過ぎましたが、庭の朝顔はまだまだ元気に咲いています。
空を見上げると、トンボの数が日に日に増えていて、季節の移ろいを教えてくれるようです。
昼間は蝉の声が響き、汗ばむほどの暑さですが、
夜風にはほんの少し秋の涼しさが混じってきました。
残暑の中にも、次の季節の足音が近づいていますね。
いつもお話を聞いてくださり、ありがとうございます。
心の中のお店を、ばぁばちゃんは今日もそっと開けています。
それではまた――お茶をいれて、お待ちしております。

おかえりなさい。
「ばぁばちゃんの台所カフェ」より
私は今、好きな事を仕事にする生き方を、未来型*夢の降る道で学んでいます。
大人のための寺子屋みたいなイメージです。
この場所では、山籠もり仙人と呼ばれる、おもしろくて個性豊かな竹川さんと、
私の暗く閉ざされた心を、少しづつ丁寧にほぐしてくださった千聖さんに出会う事ができます。
あなたもコッソリのぞいてみませんか?
