PR

別れを迎えた息子を見つめながら──母が気づいた、静かな距離感と見守り

夕暮れの空にひとりたたずむ想い──母として静かに見守る時間の象徴 ばぁばちゃんの人生アルバム

1年ぶりにようやく再会した息子は、

かつて鳶職で日に焼けていた頃の面影はすっかり消えていました。

青白い顔に、生気のない目つき──私は、動揺を隠せませんでした。

私の知っている息子ではなく、まるで別人のように見えたのです。

それでも、私が淹れた一杯のコーヒーから、

少しずつ口がほぐれ、この1年に何があったのか、彼はぽつりぽつりと語り始めました。

「俺、今アイツに飼われてるようなもんなんだ」

衝撃的なその一言に、最初は何を言っているのか分かりませんでした。

※前回の記事はこちらからお読みいただけます。

親としてできること、できないことを考えながら

切ない気持ちを映す夏の夕暮れの縁側、豚の蚊取り線香とほおずき

彼女の一途な思いから始まった同棲生活

息子にも甘い考えがありました。

彼女の一途な気持ちを利用したとは思いたくないけれど、

「楽して暮らしたい」という安易な気持ちが、どこかにあったのだと思います。

そして、彼女が夜の仕事をしていたことにも驚きました。

『デリヘル嬢』という言葉に、私はしばし言葉を失いました。

けれど、決してお金に困っていたようには見えませんでした。

地元では少し名の知れた飲食店のお嬢さんで、実家は町中にあるエレベーター付きの三階建て。

とても立派な家だと、息子が話してくれました。

お父様は何度か二人を自宅に招いてくださり、ご馳走になることも多かったそうです。

彼女は父子家庭で育ち、おばあちゃんと一緒に暮らしていたのだとか。

傍から見れば、何不自由ない暮らしに見えました。

なぜその仕事を選んだのかは分かりませんが、彼女なりの思いがあったのかもしれません。

もちろん、私はデリヘル嬢という職業を否定するつもりはありません。

けれどやはり、親としてはさまざまな心配がありました。

いくら仕事とはいえ、多くの男性を相手にすることに、息子は何も感じなかったのでしょうか。

疑問が残りました。

彼女のおばあちゃんの願いがきっかけで

腕組みをして悩むシニア女性

「本当はもう別れたいんだ」

そんな本心を息子がこぼしても、しばらく二人の同棲生活は続いていました。

同棲を始めてから2年ほど経った頃、

彼女のおばあちゃんに「結婚はいつするの?」と尋ねられたそうです。

無理もありません。

どこの家庭でも、同棲していれば「次は結婚」と思うのが自然です。

息子は煮え切らない態度で、その場を濁したといいます。

けれどその後も訪問のたびに結婚の話をされ、ついに本音を打ち明けました。

「すみません。結婚は考えていません」

「結婚する気がないのなら、同棲はもうやめなさい」

穏やかな口調だったそうですが、おばあちゃんの孫を思う気持ちは、息子にもひしひしと伝わってきたようです。

もちろん、おばあちゃんは彼女の仕事のことなど何も知りません。

息子はただただ謝り、同棲を解消する決意を固めました。

「別れたくない」と、彼女はおばあちゃんを説得すると言ったそうです。

その気持ちは痛いほど伝わってきました。

でも、息子は首を縦に振りませんでした。

彼女の稼ぎで暮らすこと、自分に収入がない苦しさ──

この2年で息子は、それを痛感していたのです。

ゲームの合間に洗濯や掃除をする日々。

通販好きな彼女宛の宅急便が次々と届き、玄関がダンボールであふれることもあったそうです。

料理はしない。

ただ、稼いで帰ってくるだけ。

同情から始まった同棲生活も、もう限界だったのでしょう。

そうして、ふたりは別れることになりました。

彼女は、ひとまず実家へ戻ることになったのです。

「私のところに戻って来るかな?」

母の想いがにじむ、二人分の余白を残した新居のキッチン

息子が彼女と同棲を始めて間もなく、

私はそれまで息子と暮らしていたマンションを引き払いました。

一人で暮らすには広すぎたし、家賃も高く、家計を圧迫していたからです。

その後、古いマンションをリノベーションした、敷金・礼金なしの物件に引っ越しました。

家賃は2万円ほど安くなり、広さは以前とほぼ同じ。

安さも魅力でしたが、何より私が惹かれたのは

「今までと同じ広さ」だったのかもしれません。

もしかしたら、私は心のどこかで、

「息子がまた戻って来るかもしれない」と思っていたのでしょう。

娘には、そんな私の気持ちが分かっていたようでした。

「お母さん、お兄ちゃんが戻ってくると思ってるんだね」

マンションの契約を報告したとき、娘にそう言われました。

──図星でした。

広すぎるからやめようと思っていたのに、

結局は息子と二人で住める広さのマンションを選んでいたのです。

一人暮らしを始めた息子と、親子の経済事情

一人暮らしを始めた息子がキッチンで料理をする様子

かつて債務整理をしていた私です。

保証人になれるかどうか不安でしたが、審査はとおりました。

「敷金礼金はどうするの?」

「ばぁばに頼んだ」──息子がそう言って、私の母(彼にとっての”ばぁば”)にお金を借りたと知ったとき、胸の奥がじんわりと熱くなりました。

実は私も、かつて母に借金の返済を助けてもらったことがあります。

生活が苦しくて、誰にも言えず、夫にも内緒の借金でした。

▶あの時、私が母に救われた出来事を綴った記事はこちらからお読みいただけます。

以前、息子は不法投棄で30万の罰金を科せられました。

その時私が借金をして支払ったことに負い目がある息子は、私に「貸して」とは言えなかったようです。

私の生活が厳しいことも、よく分かっていたのでしょう。

こうして、息子にとって、本当の一人暮らしが始まりました。

私の借金問題が原因で、連鎖反応のように、貧乏が付きまとっていました。

親子そろってお金が無い。

本当につらかったです。

先立つものが無ければ、息子に何もしてあげられない。

世間的には立派な大人として活躍している人も多いのに、なぜうちの子は……と、自問する日もありました。

それでも——
息子は、自分で立ち直ろうとしていた。

誰かに支えられて生きるのではなく、自分の足で立つ選択をしようとしていたのだと思います。

そう思ったとき、嬉しさと寂しさが入り混じったような気持ちになりました。

今もなお、母として、これからも静かに見守っていこうと思っています。

【次回予告】

息子の自立に、ほっとしたのも束の間——私自身の心と体に、思いがけない変化が訪れました。

私を待っていたのは、更年期という見えない嵐でした。

情緒不安定の中、娘のお腹の中に宿った二人目の孫。

「今度こそ出産に立ち会いたい」——その思いとともに、私は店長という肩書きを手放しました。
次回、静かに訪れた転機についてお話しします。

今日の縁側便り

小さな畑に、猛暑の中で実った貴重なナス

「茄子が採れたら、もらいに行くね」

先日、息子から届いたラインに、思わず笑みがこぼれました。

けれど今年は猛暑のせいで、母の家庭菜園は茄子が不作。
いつもなら山ほど実るはずが、葉っぱばかりが元気です。

一人暮らしも、もう10年以上たち、いつの間にか料理男子の息子。

ドレッシングもタレも手づくりで、味のこだわりはなかなかのものです。

「取りにおいで」と言ってあげたいけれど、あげるものがないのがもどかしくて。

買ってきた茄子をそっと袋に詰めようか……なんて、ちょっとヤキモキする夏の午後でした。

そんな彼のキッチンに、茄子の一本でも届けられたら——

それだけで、私は満たされた気持ちになるのです。

緑を背景に涼やかに佇む、ばぁばちゃんの冷たいお茶

いつも、お話を聞いてくださりありがとうございます。

心の中のお店を、ばぁばちゃんはいつも、そっと開けています。

ではまた、お茶を淹れてお待ちしています。

おかえりなさい。

私が勇気をもらった千聖の隠れ家メルマガあなたも、こっそりのぞいてみませんか?よかったら、訪ねてみてくださいね。

「ばぁばちゃんの台所カフェ」より

タイトルとURLをコピーしました