誰かを守るために出ていった息子
あの夏、娘が子を抱き、新しい暮らしを始めました。
私は、休日に過ごす初孫との時間に心を満たされ
どこかで安心していたのかもしれません。
初孫との穏やかな日々が続く──
そう思っていた矢先のこと。
いきなりの息子の言葉に動揺を隠せませんでした。
「一緒に住みたい女ができた」と言い出しました。
「なんで急に……!?」
家族の時間はいつまでも同じかたちではいられないのですね。
前回のお話はこちらからお読みいただけます。
応援したい気持ちと、濁される事情
もし、息子が誰かを本気で好きになり、
その人と暮らしたいと言うのなら、
母として喜んで背中を押してあげたかった。
けれど、どうも様子が違うのです。
事情を聞こうとしても、息子は口を濁すばかりでした。
息子の変化

子供ができたのに…
思い返せば、前の彼女と別れた頃から、
息子の様子はどこか不安定でした。
無理もありません。
当時、彼女は息子の子を宿していました。
若い二人ではありましたが、2人の純粋な気持ちを尊重し、
私も出来る限りの手助けをしようと思っていました。
けれども彼女の母親は猛反対。
無理やり娘を病院へ連れて行き、そして…
新しい命を葬ってしまったのです……
憧れの先輩の死
そんな中で、追い打ちをかけるように起きたのが、
鳶職の先輩の突然死というショッキングな出来事。
憧れていた先輩──
息子はその先輩と、亡くなる前日の夜まで一緒に食事をしていました。
そして翌朝、訃報を知らされたのです。
初めての礼服を一緒に買いに行きました。
葬儀のあとの抜け殻のような息子の姿を、
私は、ただ黙って見守るしかありませんでした。
ゲームと無気力な日々、そして退職
先輩の死をきっかけに、息子は職場に足が向かなくなり、
部屋に閉じこもって、ゲームや動画ばかりの日々。
やがて鳶職を辞め、しばらくの空白の時間ののち、
息子が見つけたのは、風俗店でのアルバイトでした。
「俺がそばにいないとダメなんだ」

そこで出会った一人の女の子。
「あいつは可哀想な女なんだ」
「俺が側にいてあげないとダメなんだ」
息子は彼女に、どこか同情のような感情を抱いていたようでした。
まるで自分が支えなければいけない存在だと、
そう思い込むように。
静かな旅立ちと、言えなかった本音
そして、ある日──
「アイツと一緒に住むことに決めた。家を出ようと思う」
そう言って、息子は家を出て行きました。
引っ越しというほどの荷物もなく、
身の回りの物をほとんど処分して、
着替えだけを持って。
蝉の声が強くなる、あの夏の日の午後。
私はただ、「行ってらっしゃい」とだけ言いました。
(一時的な感情なのかもしれない……そのうち戻ってくる)
そう感じた私は、黙って息子を見送りました。
息子の背中を見送った日

あのときの息子の背中──
今でも、思い出すたびに胸がきゅっと締めつけられます。
何も言えず、何も止められず、
あの頃の息子はどこか、息苦しそうでした。
「自分の仕事のこと、娘と孫のことで精一杯だった」というのは事実ですが、
やっぱり、ただの言い訳だったのだと思います。
本当は、もっと、息子に心を配るべきだったのかもしれない。
息子が手を離れたとき、私が気づいたこと
息子が私の手を離れていった日。
その出来事は、私にとっても大きな気づきを与えてくれました。
彼が一人で旅立っていく姿を見て、
私は初めて「親としての手放し方」を考えるようになったのです。
【次回予告】
その後、息子はどうなったのか──
そして、再会したときの姿に、私は何を感じたのか。
次回、息子との再会と心の変化について綴ります。
今日の縁側便り

庭の隅に咲く朝顔の花が、今日も静かに風に揺れています。
あの日、静かに家を出ていった息子の背中を時々思い出します。
あれから十五年。
「変わりないよ、いける時があったら顔出すよ」とラインが届くたび、
ほっとする気持ちと、少しの寂しさが入り混じります。
でも、きっと大丈夫。
息子なりの歩幅で、今も誰かを守ろうとしているのかもしれません。
蝉の声がやけににぎやかに響く午後。
風鈴の音に耳をすませながら、
「また、ふらりと顔を見せてくれたらいいな」なんて、縁側で思っています。
暑さが続きますね。
この夏もどうか、心おだやかに過ごせますように。

いつも、お話を聞いてくださりありがとうございます。
心の中のお店を、ばぁばちゃんはいつも、そっと開けています。
ではまた、お茶を淹れてお待ちしています。
