前回は、
失恋に涙した息子と、初めて「本物の恋」に胸を高鳴らせた娘、
母として、そっと見守ることしかできなかった、あの春の日々を綴りました。
母と息子の再出発
ある日のことです。
キッチンで夕食の準備をしていた私の背中越しに、
息子がスマートフォンを差し出してきました。
「おい、この曲聴いてみてよ。歌詞がすごくいいんだ。」
Dear Mamaと、ふたりの涙

彼のスマートフォンから流れてきたのは、
LGYankeesと小田和正さんのコラボ曲「Dear Mama」。
イントロのやわらかく優しいメロディのあと
真っ直ぐに胸を打つ歌詞が流れ始めました。
そして小田和正さんの歌声が聞こえた時、胸がぎゅっと熱くなりました。
言葉にできないほどの 想いを抱えてた息子の思い。
「Dear Mama」の歌詞に込められたメッセージ。
「ありがとう」って言うには まだ照れくさい…
そんな想いがストレートに伝わり、私は目頭が熱くなっていました。
ふと隣を見ると、息子の目にも涙が浮かんでいて――
ふたりして、言葉もなくただその曲に身をゆだね、しばらく黙って座っていました。
どんなプレゼントよりも、この時間が何よりの贈り物でした。
思春期には何を話しかけても「別に」としか返ってこなかった彼が、今は自分の想いを音楽に託して私に届けてくれた。
ああ、この子なりに、ちゃんと気持ちを伝えてくれているんだなあ……。
そんな静かな感動が、胸いっぱいに広がっていきました。
ひとつの暮らしをたたむという選択

娘が嫁ぎ、息子とふたりだけの暮らしが始まってから、広すぎるマンションの静けさが、余計に心に沁みるようになっていました。
「このままでいいのかな」
そんな思いが、ずっと胸の奥にありました。
夜、ふとした瞬間に感じる寂しさ。
それは、家計の不安や先の見えない将来への不安と重なり、私の背中を押してきたのです。
離婚後も住み続けていたそのマンションは、私たちふたりには少し広すぎました。
そして何より、家賃が家計をじわじわと圧迫していました。
そんな中で出会ったのが、飲食店の正社員の仕事でした。
久しぶりのフルタイム勤務。
体はきつかったけれど、「もう一度ちゃんと働こう」と心に決めていた私にとっては、ありがたい職場でした。
会社の支援制度、住まい探し、決意の固まり

ある日、会社で「家賃負担制度」があることを知り、思い切って相談してみました。
担当の方からは、「会社から2キロ圏内で住まいを探すことが条件」と言われました。
私の職場は、今の住まいからは少し離れた隣町。
息子と何度も話し合い、会社の条件に合う古いけれどあたたかみのあるマンションを見つけることができました。
会社では、正社員は基本的に1店舗にひとり。
あとはパートさんがスポットで入る形です。
忙しさも責任もありますが、エリアマネージャーの方が言ってくださった言葉が、私の背中を押しました。
「次はあなたが店長候補ですよ。頑張ってくださいね」
嬉しさと同時に、「私にできるだろうか」という不安が、胸の奥でそっと顔を出しました。
でも、それでも……踏み出そうと、心に決めたのです。
プレッシャーとともに、ほんの少しの誇らしさが胸をよぎった瞬間でした。
「母と子、二人三脚で、ゆっくりでも一歩ずつ進んでいこう」
そう思えたのは、きっとあの夜、「Dear Mama」を聴いてふたりで泣いたから。
あのときの涙が、私たちに必要な“けじめ”をくれたのかもしれません。
そんな小さな決意を胸に、私たちの新しい暮らしが始まりました。
【次回予告】
「ドタバタの11回目の引っ越しと、父の背中」そして「債務整理のために東京へ出向く」—
人生の新たな一歩を踏み出す物語を綴ります。
今日の縁側便り

ふたりで流した涙のあとの、静かな夜。
時計の針の音が、やけに大きく聞こえたあのとき、私はひとつ、決めました。
「このままじゃ、ダメだ」と。
職場を変え、住む場所も変えたけれど、
心の中にはまだ、過去の重さが残っていました。
そしてようやく、私は債務整理をする決意をしました。
心のどこかで、そっと思っていました。
逃げるんじゃなく、ちゃんと終わらせて、歩き直すために。
縁側に吹く風のように、やさしくて、少しだけ背中を押してくれる出会いが「Dear Mama」だった。
息子の涙が、私の背中を押してくれたのかもしれません。
いつも、お話を聞いてくださりありがとうございます。
これからも、季節の移り変わりや、日々の出来事、そして心温まるレシピなどを、ゆっくりと綴っていきたいと思っています。
どうぞ、お気軽に遊びに来てくださいね。
ではまた、お茶を淹れてお待ちしています。