飲食店の店長として働いていた頃、私は心と体の限界に気づかないふりをしていました。
「だから女はダメなんだよ」そんな言葉を受けながらも耐え続けていたのです。
けれど、いつしか、ぷつんと糸が切れたように、職場に足が向かなくなりました。
今回は、心の限界と向き合った日々、そして思いがけず支えとなった妹たちとのエピソードを綴ります。
女に務まるわけがないと言われた悔しさ
「だから女はダメなんだよ」
「女の店長なんて、所詮、無理なんだよな……」
上司のそんな心ない言葉に、悔しさを飲み込みながらも、私の心は悲鳴を上げていました。
そんな時、娘が二人目を妊娠していることが分かり、ますます「もう限界だ」と思うようになったのです。
常連さんからのお誘いで

「もう潮時だ。店長なんてどうでもいい。」
半ば投げやりになっていた頃、つい常連さんに愚痴をこぼしてしまいました。
その方は、ある寿司チェーン店の部長さん。
親身になって話を聞いてくださり、最後にこう言ってくださったのです。
「良かったらうちに来ない?あなただったらやれるよ。仕事ぶりも知ってるし。」
一日でも早く辞めたいと願っていた私は、その場で「よろしくお願いします」と返事をしていました。
新天地、寿司チェーン店での挑戦

部長さんの計らいで、私は面接もなく、新しい職場へ。
心の中では、
(悔いはない?)
(収入は大丈夫?)
もう一人の私に自問自答していました。
短い研修の後、すぐに巻物担当を任されました。
経験豊富な板前さんに交じり、白衣・前掛け・和帽子を身にまとい身が引き締まる思いでした。
毎朝、和帽子にアイロンをかけ、鏡を見ながら「よし」と気合を入れて出勤していました。
和帽子は、しっかり中心の跡をつけることできれいな舟形になるのです。
今思えば、見た目ばかり気にしていたような気もします。
それでも、新しい職場で精いっぱい頑張ろうとしていたのです。
調理場は戦場

ピークタイムの調理場は、怒涛の忙しさ。
私の担当はすべて手巻きの巻き寿司。
巻きすに海苔をのせ、酢飯を広げ、種類も覚えきれないほど。
太巻き、裏巻き、変わり巻き……初心者の私にはどれも難題でした。
それでも必死に覚え、3ヶ月が過ぎる頃には一通り巻けるように。
出勤すると、板前さんが用意してくれた鮪の柵を切り分け、注文に応じて盛り込みます。
頼りにしていた部長さんは…

ただ、厨房の中には私をよく思わない人もいたようです。
ある日、90キロ近い大柄な板前が、私にぶつかってきました。
その拍子に、私の巻物は床に落ち、眼鏡が吹き飛びました。
彼はちらっと私を見ただけで、「ぼやぼやしてんじゃない」と一言。
謝りもせず、他の板前さんも誰一人、助け舟を出してくれませんでした。
追い打ちをかけるように、頼りにしていた部長は、新店舗の立ち上げで忙しく、現場に顔を出すことがなくなっていたのです。
職場に足が向かない朝
半年が過ぎた頃、私は完全に無気力になっていました。
朝起きても、体が動かない。
「一日休めば行けるはず」そう思ったのに、翌日も、また翌日も行けませんでした。
そしてとうとう、人生で初めての無断欠勤をしてしまったのです。
円形脱毛症と美容師さんのひと言

無断欠勤をしていた頃、気分転換のつもりで髪を切りました。
いつもの美容院で美容師さんが私の頭を見て言いました。
「どうしたの!なんかあった?5センチくらいのできてるよ」と
指で輪っかを作って言ったのです。
しかも2つも出来ていたなんて全く気づきませんでした。
驚いて皮膚科に行くと、円形脱毛症と診断されました。
「毛根は生きてるけど、この場所からは白髪しか生えてこないでしょう」と。
それ以来、私はずっと白髪染めと付き合っています。
この美容師さんとは、かれこれ25年以上のお付き合いになります。
妹たちが救ってくれた夜

年末、ふと妹たちにLINEを送っていました。
自分ではよく覚えていないのですが、深夜、二人の妹が心配してアパートに来てくれたのです。
やけ酒をあおりながら、ネガティブな言葉を吐いた私。
でも、本当は嬉しかった。
救われた気持ちでした。
「お姉ちゃんだから」をやめた日
「お姉ちゃんだからしっかりしなさい」
「みんなのお手本になりなさい」
そう育てられた私は、どこかで「頼っちゃいけない」と思い込んでいたのかもしれません。
でもこの日、妹たちの存在にふれて、「頼ってもいいんだ」と思えたのです。
今では、年齢差も感じなくなり、妹たちとよい関係を築けています。
強がりな性格は相変わらずだけれど、少しだけ、肩の力を抜けるようになりました。
【次回予告】
寿司店を辞め、しばらく無職でふさぎ込んでいたある日、年開けの寒い夜に思いがけない事件が起こりました。
それは、娘宅に泥棒が入ったという連絡。
娘と孫たちは、家に帰るのが怖くなってしまい、急遽、私の部屋で1ヵ月ほど一緒に暮らすことになりました。
危険な出来事に直面した娘や孫たちを見て、私はハッと目を覚ましたのです。
次回は、もう一度、前を向いて生きよう──そう思えた、再生のきっかけについてお話します。
今日の縁側便り

連日続く真夏の酷暑。
縁側に出るのもためらうような暑さが続いていますね。
庭の鉢植えも、朝水をやっても午後にはぐったりしてしまい、
「お願い、そろそろ雨が降って」と、空を見上げてはつぶやいています。
明日あたりには雨の予報。
ほんのひとときでも、涼しい風とともに恵みの雨が降りますように──
そんな願いをこめて、今日も扇風機の風にあたりながら、この便りを書いています。
あなたもどうか、熱中症には気をつけてお過ごしくださいね。
いつも、お話を聞いてくださりありがとうございます。
心の中のお店を、ばぁばちゃんはいつも、そっと開けています。
それではまた――お茶をいれて、お待ちしております。
