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小さなプランターから始める、父との続き。

ばぁばちゃんの暮らし

父と過ごした畑の時間

春になると、土の匂いが恋しくなります。
ああ、畑の季節だなぁって、体が覚えているんですね。

私はもともと、土いじりが大好きでした。
花も、トマトも、ナスも、自分の手で育てるのが本当に楽しくて。

でも、父が亡くなってから、畑にはほとんど行っていません。

もう4年になります。

父と過ごした畑の時間は、私にとって特別なものでした。

同じ畑にいながら、作るものは別々。
私は花やトマト、ナス。
父は草取りをしながら、大豆や里芋、きゅうりや白菜を育てていました。

特に、きゅうりには自信があったようで。
ノートに栽培記録を残していたんです。

それぞれ自分のことに夢中になりながら、
時々ぽつりぽつりと会話をする。

その距離感が、とても心地よかったのです。

「おーい、まだ終わらんか」と聞こえた声

父はいつも、先に帰る人でした。
「トイレが我慢できんでな」と言いながら、さっさと家へ戻っていく。
その姿が、なんだか可愛くて、愛おしくて。

私はというと、暗くなるまで畑に残るタイプ。
すると家のほうから、

「おーい、まだ終わらんか」

と、父の声が聞こえてきました。

その何気ない時間が、どれほど私を癒してくれていたのか。
今になって、しみじみ思います。

父を見送ったあとに残ったもの

父は4年前、肺がんで亡くなりました。86歳でした。
私は介護士という仕事柄、父を自宅で看取りました。

ホスピスをすすめられたけれど、
それでも私は、自宅で父を見送りたいと思ったのです。

それが父の望みでもあり、私自身の強い気持ちでもありました。

父がいなくなってから、畑は止まったままでした。
私の中で、時間がそのまま止まってしまったように。

あの頃の父との時間を、ふと思い出すことがあります。

畑に立つ母と、近づけない私

ところが、あれほど畑を嫌がっていた母が、
父の死後、畑に出るようになったのです。

「私は絶対やらない」と言っていたはずの人が、
今では真剣に畑に向かっている。

その姿を見るほどに、私は畑に近づけなくなりました。

母との関係は、もともとぶつかることが多く、
決して穏やかなものではありませんでした。

だからでしょうか。
父との思い出が詰まった畑に、母がいることが、どうしても受け入れられなかったのです。

あの場所が、変わってしまいそうで。
父の面影が薄れてしまいそうで。

そんな自分を、どこかで「嫌な娘だな」と思いながら、
私はずっと畑から目を背けてきました。

それでも土が好きだと思えた日

けれど最近、ふと思ったのです。

私は、畑が嫌いになったわけではない。
むしろ、今でも大好きなんだと。

そして父が得意だった、きゅうりや白菜のことも、
ちゃんと覚えている自分がいることに気づきました。

小さなプランターから始める

だから、ほんの小さな一歩ですが——
プランターで、きゅうりを育ててみようと思います。

畑に戻る勇気は、まだありません。
母と一緒にやる気持ちにも、正直なれません。

でも、父との思い出まで手放したくはないから。

土に触れることを、もう一度、自分の手で始めてみようと思います。

小さなプランターの中に、
父との時間の続きを、そっと植えるような気持ちで。

今日の縁側便り

春の風が、やわらかくなってきました。
土の匂いに、少しだけ勇気をもらっています。

きゅうりの苗、探しに行ってみようかな。

「今日は3本採れたぞ」

そんな父の声が、ふっと聞こえた気がしました。

お読みいただき、ありがとうございます。


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