店長としての朝

娘の旦那さんから「明日の朝、生まれそう」との連絡が入ったのは、ある夜中のことでした。
(仕事は休めない……立ち会えないかもしれない)
そう思いながらも、私は店へ向かい、すべての開店準備を夜中のうちに終わらせました。
娘の赤ちゃんが生まれそうなので、よろしくお願いします
バイトの子への置き手紙を残して。
朝9時、電話で事情を話すと、彼は明るく言ってくれました。
「店長、大丈夫です。任せてください」
若い彼の頼もしさに、思わず涙が出そうになりました。
胸がじんわりと温かくなる、そんな朝でした。
そんな心温まる朝から始まった、出産当日のこと。
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ついに迎えた娘の出産の日
開店準備を済ませて病院へ向かうと、娘の旦那さんと合流できました。
あと10分早かったら……。
残念ながら、産声にはタッチの差で間に合いませんでした。
こんな時に限って、私は途中のコンビニでおにぎりを買い、車の中でほおばりながら向かっていたのです。
思わずキョロキョロ…おばあさまって、私?

分娩室から出てきた先生が、私を見てこう言いました。
「おばあさま、おばあさま……」
え? 私のこと?
キョロキョロと辺りを見回しましたが、どう考えても私しかいません。
「かわいい女の子ですよ。おめでとうございます」
そう言われて、じわっと涙がにじみました。
この時、私は48歳で、初めて“おばあちゃん”になったのです。
先生は優しい声で、
「娘さん、一人でよく頑張りましたよ」と声をかけてくださいました。
初対面の感動と、生命の煌めき
ばぁばちゃんのフォトブックより

娘と赤ちゃんの処置が終わり、ドキドキしながら初めての対面です。
「お疲れ様、よく一人で頑張ったね。間に合わなくてごめんね」
娘は安堵の表情を浮かべ、ホッとした様子でした。
初めての孫。
何とも言えない可愛らしさで、泣き声まで女の子らしくて優しい。
ばぁばちゃんのフォトブックより

へその緒は淡いピンクに煌めき、まるで命の糸のように美しく見えました。
私は静かに、その輝きに見とれていました。
急いで戻った店で、若いバイトくんへ感謝
時計を見ると、午前11時前。
「また顔を見に来るからね。ゆっくり休んでね」と娘に伝えて、私は店に戻ることにしました。
お店に着くと、バイトの男の子が笑顔で迎えてくれました。
「店長、おめでとうございます!」
その言葉に、胸がじんわりと熱くなりました。
ご飯の炊き方から包丁の持ち方まで、何も知らなかった彼に、ひとつずつ教えてきた日々。
その彼が今、自信を持って店を切り盛りしてくれているのです。
「ありがとう」と心の中でつぶやきながら、私はその日もまた、店に立ちました。
こっそり忍び込んだ病室で怒られた夜
ばぁばちゃんのフォトブックより

その後も数日間、娘と孫は病院に入院していましたが、
どうしても二人の顔が見たくて、私は店が終わった後、こっそり病室へ忍び込んだことがありました。
面会時間はとっくに過ぎていたけれど、
どうしても、いてもたってもいられなかったのです。
そっとドアを開けて中へ入ると、娘はあきれ顔。
「お母さん、もう!ダメだよ、時間過ぎてるよ」と怒られました。
それでも、夜の病室で見る孫の寝顔は天使のようで、娘が母になったことが、なんとも不思議で愛おしく感じた時間でした。
今日の縁側便り

「誰かに頼る」ことを、どこかで躊躇していた私。
でも、人は案外、想像以上に優しくて、そして強いものなのだと気づかせてくれた日でもありました。
赤ちゃんに出会ったあの朝──
店長としても、母としても、ばぁばちゃんとしても、
誰かに支えられて生きていることを、改めて感じたのです。
そして、娘と孫の顔がどうしても見たくて、
夜の病室にこっそり忍び込んで怒られた、あの夜のことも──
今では、笑って話せる小さな宝物のような思い出です。
今朝は、庭木を剪定し、玄関前の草を抜いて、
迎え火の準備をしました。
明日はお盆の入り。
亡き父もこの小さな縁側に、ひょっこり座りに来るでしょうか。
あれから15年。
今はもう飲食店では働いていませんが、あの頃のおだやかな香りは、今でもふっと胸の中に漂ってきます。
あの夏の朝みたいに、ごはんを炊いて、お味噌汁を仕込んで、お店を開けていた日々。
そんな気持ちを思い出しながら、今日も誰かを迎える心で過ごせたらと思います。
いつも、お話を聞いてくださりありがとうございます。
心の中のお店を、ばぁばちゃんはいつも、そっと開けています。
ではまた、お茶を淹れてお待ちしています。

